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広島高等裁判所松江支部 昭和24年(ネ)83号 判決 1950年6月30日

控訴人(被告) 国・三朝村農地委員会

被控訴人(原告) 中島靜代

一、主  文

原判決中被控訴人敗訴の部分を除きその余を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

二、控訴の趣旨

主文同旨

三、事  実

控訴人等代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とするとの判決を求めた。当事者双方の事実上の主張は原判決摘示事実と同一であるからここにこれを引用する。

四、理  由

別紙目録記載の本件農地がもと中島弁太郎の所有であつたこと、同人が昭和十五年六月二十九日死亡しその長男である中島祝がその家督相続をなし右農地の所有権を承継取得したこと、控訴人三朝村農地委員会が中島祝の所有農地として本件農地に対し自作農創設特別措置法による買收計画を定め昭和二十二年十月七日から同月十七日までの間本件農地所有者を同人として公告をしたこと、鳥取縣知事が同年十二月二日附で本件農地について所有者を中島祝とした買收令書を発行し昭和二十三年五月十九日これを同人に交付して買收処分をしたことはいづれも当事者間に爭いがないところである。そして成立に爭いのない甲第一号証、原審証人中島祝の証言により眞正に成立したものと認める甲第四第五号証、原審における被控訴本人の供述により眞正に成立したものと認める甲第六号証、郵便官署作成部分の成立に爭いがなくその余の部分については原審における被控訴本人の供述により眞正に成立したものと認める甲第七号証、原審証人中島祝の証言、原審における被控訴本人の供述を綜合すれば被控訴人は中島祝の実妹であるところ父弁太郎死亡後相続財産について祝とのあいだにいざこざが起きたが昭和十七年三月示談ができその結果被控訴人は中島祝より相続財産である本件農地の贈與を受けその所有権を取得したこと被控訴人はその後右示談の立会人であつた訴外角南美貴、岡田作一等を介して中島祝に対したびたび本件農地について所有権移轉登記をするよう催促したけれども祝はこれに應じないので登記簿上は亡父弁太郎の所有名義のまま現在に及んでいることをそれぞれ認めることができ他に右認定を左右するに足る証拠はない。されば本件農地は以上認定のように被控訴人の所有であるから控訴人三朝村農地委員会が中島祝の所有農地として本件農地に対し買收計画を定めてその旨の公告をし次で鳥取縣知事がこれに基いて同人を所有者として買收令書を発行しこれを同人に交付したことはいづれも農地の所有者でないものを所有者と誤つた違法があるものといわねばならない。控訴人等は被控訴人は本件農地の取得についてその旨の登記を経由していないから、これを以て控訴人等に対抗できない。從つて控訴人三朝村農地委員会が右の農地は中島祝の所有地であるとして買收計画その他買收に関する手続を行つたのはなんら違法ではないと抗弁するけれども自作農創設特別措置法による政府の農地買收は私法上の賣買と異り政府が同法第一條に掲げる目的を達成するため行政権の作用により強制的に農地所有権を取得するものであるが故に政府は不動産の得喪及び変更について私法上の取引における当事者と同一の立場において保護を受くべき利害関係を有するものとは到底言い得ないから国又は農地委員会は民法第百七十七條にいわゆる登記の欠缺を主張するについて正当の利益を有する第三者に該当しないものと解するを相当とする。故に控訴人等は同條を援用し登記の欠缺を主張して被控訴人の本件農地の所有権取得を否定することはできないといわねばならない。よつて控訴人等の前記抗弁はこれを採用できない。

次に被控訴人は本件農地に対する買收計画は前記違法により当然無効である。仮に当然無効でないとするも被控訴人は訴外大丸義男に本件農地を臨時に貸與したものであるから小作地ではない。しかるに本件買收計画は右の農地を小作地と誤認して定められたものであるからこの理由によつても無効である。從つてこの買收計画に基いてなされた鳥取縣知事の買收処分もその基本である買收計画が無効である以上当然無効であると主張するけれども本件の如く農地を讓り受けその所有権を取得したものが登記を経由していないため登記簿上の所有名義人の家督相続人である讓渡人に対し買收計画の決定がなされ更にこれに基いて買收処分が行われたときはその違法は買收計画及びこれに基く買收処分の取消事由となるに過ぎず無効原因とはならないものと解するを相当とする。また被控訴人主張の如き事情で小作地でない本件農地を小作地と誤認して本件買收計画が定められたものとするもかかる違法はこれまた本件買收計画及びこれに基く本件買收処分の取消事由となるに過ぎず無効原因とはならないものと解するを相当とする。されば被控訴人のこの点に関する主張もまたその理由がない。

次に被控訴人は本件農地の買收処分は買收令書を被控訴人に交付することなく所有者でない中島祝名義でこれを発行し且つ同人に交付したものであるからこの理由によつても当然無効であると主張するけれども自作農創設特別措置法第六條第九條によれば都道府縣知事の行う買收処分は市町村農地委員会において定め且つ公告をし都道府縣農地委員会の承認があつた農地買收計画によりこれに記載された農地所有者に対し買收令書を発行交付してなすことになつておるから鳥取縣知事が所有者でない中島祝名義で買收令書を発行し、且つ同人にこれを交付したのは農地所有者を中島祝と定めた本件買收計画に基いて買收処分をしたことの当然の結果に外ならない。從つて被控訴人の右主張はその実質において本件農地の買收処分は農地の所有者でないものを所有者と誤つた違法の処分であると主張するものに外ならないのである。そして右の違法が本件の場合買收処分取消の事由となるに過ぎないものであることは前段説明の通りであるから被控訴人の前記主張もまたこれを採用することができない。もつとも本件のような買收処分が当然無効ではなく取消し得べき処分に過ぎないものとせば眞の所有者はその所有土地に対する買收処分のあつたことを知るに由なく右処分に対し法定期間内に行政訴訟を提起する途を閉ざされる不都合を生ずるとの批難をなすものもあろう。しかし都道府縣知事は市町村農地委員会の定めた買收計画により買收処分を行うべきものであることは前記のとおりである。從つて公告によつて違法な買收計画の存在を知る機会を與えられた眞の所有者は出訴期間内に買收計画取消の訴訟を提起することにより本件の如き違法な買收処分の行われることを予め防止することができるから前記批難はあたらない。

果して然らば本件農地の買收処分は單に取消し得べきものたるにすぎずして取消される迄は有効たるこというまでもないのであるからこれが当然無効であることを前提として右農地に対する所有権確認を求める被控訴人の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきである。よつて右と異なる原判決は失当であるからこれを取消し民事訴訟法第三百八十六條第九十六條第八十九條を適用し主文ととおり判決する。

(裁判官 平井林 久利馨 藤間忠顕)

(目録省略)

原審判決

主文

原告が別紙目録記載の土地につき所有権を有することを確認する。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用中原告と被告国との間に生じた部分は同被告の負担としその余は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項と同旨及び被告三朝村農地委員会が別紙目録記載の土地につき樹立した買收計画は無効であることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求めその請求の原因として別紙目録記載の土地はもと原告の父弁太郎の所有であつたが、同人は昭和十五年六月二十九日死亡しその長男で原告の実兄である中島祝において家督相続をしてその所有権を承継取得し、次いで昭和十七年三月二十日原告が右祝から讓渡を受け所有者となつたものであるところ昭和二十一年頃原告が訴外大丸義夫に右土地を無償で臨時に貸與しているうち同人を構成員とする被告農地委員会はことさら中島祝の所有土地として右土地につき買收計画を樹立し、昭和二十二年十月七日から同月十七日までの間土地所有者を同人として公告をした。しかしその土地は原告の所有であること前述の通りであるから土地所有者中島祝として樹立し、且つその表示をして公告をした本件買收計画は無効であり、仮に然らずとしても右土地は臨時に貸與したものであるから小作地ではないのに小作地と誤認して買收計画が爲されたものでこの理由によつても無効である。よつて被告三朝村農地委員会に対し右買收計画の無効確認を求め、なおその後右買收計画に基き訴外鳥取縣知事は昭和二十二年十二月二日附で本件土地につき所有者を中島祝とした買收令書を発行し、昭和二十三年五月十九日これを同人に交付したけれども元來前述の通りその基本である買收計画が無効である以上当然後続の処分である知事の買收処分も無効となるものであるのみならず、右知事の買收処分は買收令書を所有者である原告に交付することなく所有者でない中島祝名義で発行し、且つ同人に交付したものであるからこの理由によつても無効というべきで、從つて本件土地の所有権は依然として原告にあることにかかわらず被告等は原告の所有権を爭うから被告国に対し原告の右土地に対する所有権の存在確認を求めるため、本訴請求に及んだ旨述べ、被告の抗弁に対し原告が未だ所有権移轉登記を経由していない事実はこれを認めるが民法第百七十七條の規定は自作農創設特別措置法に基く政府の買收に関しては適用がないと解すべきであるから原告は自己の所有権を以て政府に対抗し得る旨述べた。(立証省略)

被告三朝村農地委員会指定代理人は本案前の弁論として原告の訴を却下する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由として農地買收計画無効確認を求める訴は国を被告とすべきもので、行政廳たる被告三朝村農地委員会は被告としての適格を欠くから本訴は不適法であると述べ、被告両名指定代理人は本案につき原告の請求はこれを棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として別紙目録記載の土地がもと中島弁太郎の所有であつたが、同人が昭和十五年六月二十九日死亡しその長男である中島祝において家督相続をして右土地の所有権を承継取得した事実被告農地委員会において中島祝の所有土地として買收計画を樹立し、原告主張の期間土地所有者を中島祝として公告をし鳥取縣知事において原告主張の日その主張のような買收令書を発行し、これを中島祝に交付して買收処分をした事実はこれを認めるがその余の事実を否認する。仮に原告が中島祝から右土地を讓受けたとしても所有権移轉登記を経由していないからその讓受を以て第三者たる被告三朝村農地委員会に対抗できないもので、從つて同農地委員会において右土地は中島祝の所有地であるとして買收計画その他買收に関する手続を行つたもので何等違法ではない。仮にそれが違法であるとしても取消し得べきであるにとどまり当然無効となるのではないから原告の請求に應じ難いと述べた。(立証省略)

理由

まづ訴が適法であるかどうかにつき考えるのに被告三朝村農地委員会は自分は本件買收計画無効確認の訴につき被告としての適格がないからこの訴は却下せられるべきであると主張するけれども、行政事件訴訟特例法第三條には行政処分の取消の訴については処分廳を被告とせよと定めてあり、この規定は本件のような行政処分無効確認の訴にも類推適用されると解さねばならぬ。けだし行政処分の取消変更といい無効確認というもその本質は左程異らないものだからである。ゆえに被告を三朝村農地委員会とした本件訴は適法である。そこで本案に入つて審査する。まづ農地買收計画無効確認請求につき調べてみると別紙目録記載の土地がもと原告の父中島弁太郎の所有であつたが、同人が昭和十五年六月二十九日死亡しその長男である中島祝において家督相続をして右土地の所有権を承継取得した事実、被告農地委員会において同人の所有土地として買收計画を樹立し、昭和二十二年十月七日から同月十七日までの間土地所有者を同人として公告をし鳥取縣知事において昭和二十二年十二月二日附で同人を所有者とした買收令書を発行し、昭和二十三年五月十九日これを同人に交付して買收処分をした事実は当事者間に爭いがない。そして成立に爭いのない甲第一号証証人中島祝の証言により眞正に成立したことが認められる同第四、五号証原告本人の供述により眞正に成立したことが認められる同第六号証官署作成部分の成立については爭いなくその余の部分については原告本人の供述により眞正に成立したことが認められる同第七号証、証人中島祝の証言原告本人の供述を綜合すれば原告は前記中島祝の実妹であるが、父弁太郎死亡後相続財産につき祝との間にいざこざが起つたけれども、昭和十七年三月十三日示談ができ同月二十日その履行として中島祝から別紙目録記載の土地二筆を贈與せられ、直ちにその所有権を取得した事実を認めるに十分であつて、他にこの認定をくつがえすに足る証拠は全然ない。そうすればその後この土地につき自作農創設特別措置法により買收計画を樹立するに当つては原告の所有地として計画を樹立すべく、且つ買收計画を樹立したときは同法第六條第五項により農地所有者を原告と表示した公告をせねばならぬこととなるにかかわらず農地所有者を中島祝として計画を樹立し、且つ同人の氏名を表示して公告をした本件買收計画の違法であることは勿論である。被告等は原告は所有権移轉登記を経由していないから本件土地の讓渡を以て被告等に対抗できぬ旨抗爭するけれども民法第百七十七條の立法理由は不動産の讓受人が登記を経由しなかつた場合にその事実を知らずして更に同一讓渡人から同一不動産を讓受けた第三者を保護せんがために登記をしない讓受人は物権讓受を以て第三者に対抗し得ないこととし、ひいて取引の安全を保護するのにあるが行政処分としての買收の場合はこれに異り行政廳が強制的に国民から土地を買收するに際しては国民の権利を不当に侵害しないよう格段の注意を以て職権で調査すべき義務を負担し、單に登記簿の記載に信頼したからといつて同條の規定を援用しその過誤の結果を国民に轉稼することは許されないないものというべく過誤あるときは更に当初から手続をやり直し過誤を是正すべきものと解するを相当とするから行政廳又は国は行政処分としての買收については民法第百七十七條にいわゆる第三者に該当しないというべきで被告等のこの抗弁は採用し難い。しからば本件の違法な買收計画の効力はどうかというのにそれは單に取消し得べき買收計画であるにとどまつて無効の買收計画というには足らず、又仮に自作地を小作地と誤認したとしてもこれ亦取消し得べき買收計画たるにとどまると解すべきであるから買收計画取消を求めないでその無効確認を求める原告の本訴請求は結局失当であるといわねばならぬ。次で原告の所有権存在確認請求につき考えるのに前記買收計画樹立後昭和二十二年十二月二日附で鳥取縣知事において右土地を中島祝から買收する旨の買收令書を発行し昭和二十三年五月十九日同人に交付したことは前認定の通りで、この事実によれば鳥取縣知事は眞の土地所有者である原告に対しては買收令書を交付したことのない事実が認められるから知事のした右買收処分は自作農創設特別措置法第九條に違反し、しかもその違法は右買收処分を当然無効ならしめるものといわねばならない。けだしもしこれを無効でなく取消し得べき処分に過ぎないとせば眞の所有者はその所有土地に対する買收処分のあつたことを知るに由なく、右処分に対し法定期間内に行政訴訟を提起する途を閉ざされる不都合を生ずるからである。さすれば本件土地につき鳥取縣知事のした買收処分は無効であるから右土地の所有権は今なお原告がこれを有するものといわねばならない。而して被告等が原告の所有権を爭つていることは本件訴訟の経過に徴し明白であるから原告には被告国に対し右土地の所有権の存在確認を求める利益があるというべきである。よつて原告の本訴請求中土地買收計画無効確認を求める部分は失当として棄却し、所有権存在確認を求める部分は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決した。(昭和二四、一〇、一二、鳥取地方判決)

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